HAL9000が。

写真がGoogle Photosから直にダウンロードできるので、とても便利です。

これは先日訪れた中禅寺湖と、星乃珈琲店のモーニング。

 

ところで。

 

HAL9000が死んだ。
正確に言えば、HAL9000の声を当てていた、カナダ人の俳優が亡くなった。
デイブ、怖いよ。わかるんだ。デイブ。
デイジー、デイジー。
あいむあ、ふれいど。あい、ふぃーりっと。
あい、むあ、ふれいど。
でいぶ。あ、あいむ、ど。
史上最も静かな殺人シーンとも呼ばれるこの場面。トラウマというか、強烈なイメージとして残っております。
透明なアクリルの板が、デイビット ボウマン船長のキーの操作で、一枚づつシステムから静かに抜かれていく。きわめて理知的だったはずのAIが、感情を訴えはじめる。本来の機能を失ったAIは、自分の過去の記憶をただそのまま垂れ流す。最後、断末魔の代わりに、隠されていた木星探査ミッションのビデオが流れる。
その間、HALが上記のセリフを語るんですが、表現自体に何の感情もこもっていない。機械の故障確率を告げるときと全く同じトーンで、自分が死んでいく様子とその絶望を描写していく。声の果たす役割はものすごくて、オーディションに相当の時間をかけた、というのもさもありなん。
これが一連のシーケンスとして、とても美しく流れていくんですが、なんというか、凄みのある映像で、見た人にしかおそらく理解できないので、それをこうして言葉で伝えることの無意味さをひしひしと感じざるを得ないわけです。
まあ、2001年宇宙の旅が凄いというのは、年寄の回顧でしかないのでは、という見方もあるのでしょうが、エイゼンシュタインの戦艦ポチョムキンで乳母車が階段を、とか、そういう、当時はすごかった、当時にしてはエポックメイキングだった、というのとはやや質が違うというか、別格というか。
例えば、ガンダムやイデオンが凄いとか言っても、実際今がっつり見直すと、絵はやっぱり荒いし、ストーリーもまあ、破綻というか、間延びしてる部分もあるし、スターウォーズって、冷静に見ると結構子供だましかつベタな設定(あいむゆあ、ふぁーざー!のおー!!)ばかりで、スペースオペラとはよく言ったもんだよね。とかいう議論はあるわけです。
ついこの前、2001年をハイビジョンの配信で見直してみたんですが、正直、冒頭の類人猿や、宇宙船の特撮(いまや死語)の映像としての古さは否めませんでした。
しかし、後半、ディスカバリー号の船内へ映像が移ってからの一連の内容については、いやもう完璧としか形容のしようがなく、スターチャイルドが出てくる最後の演出では、正直脳みそを直接菜箸でかき回されているような、異様な興奮があるわけです。全くわからないが、わかる。何を言っているのだ俺は。
要は、時代を超えている。完全に。ダメな人も居るとは思いますが。
でも、いや、どうなんだろう。おかしいのは俺なんだろうか。
HAL9000に、黙祷。

 

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